文化祭:03@quka

 へたくそな鼻歌を歌いながら卵白とグラニュー糖をかき混ぜる弟を見ながら、如月は眠い目をこすりながら柱に寄り掛かった。手際は決して悪くない皐月の手元をじっと見つめる。
 皐月は、じっと眺めている如月の存在に気付いていながらも、あくまで楽しげにマカロンづくりをすすめていく。これが彼の一番得意なレシピであり、本日の文化祭にて配る予定の品だ。
「愚弟よ、あなた、マカロンだけは作るのうまいのだからそのへたくそな鼻歌はやめるべきよ。失敗するわよ?」
「ねーちゃんは手厳しいなあ…。そうそう簡単に失敗なんてしないよ」
 言いながら皐月は絞り袋に生地を入れ、三センチほどあけながら絞り出していく。まあるい形のその柔らかそうな生地に指を突っ込んで台無しにしてやりたいような、こどもじみた嫌がらせをしたいような衝動に駆られながらも如月はパティシエであるお菓子に対する自分の矜持をもってしてそれを留めた。いくらいじり甲斐のある弟とは言え、いじめすぎるのはよくない。
 二人はしばしの間、無言で生地を絞り出す作業をし、眺めていた。
「そういえば、皐月は今日どうするの?」
「どうって?」
 最後の生地を絞り出しながら皐月が首をかしげる。その拍子にきれいにまるくなっていた記事がわずかに揺れ、いびつな楕円になった。
 皐月はちぇっと小さく呟き、指でそっとそれを戻そうとする。
「どうって、サツキくんはこれを焼いてから葉月とうーちゃん迎えに行って、それから霜月くんの学祭に行ってくるよ? あー、極月せんせーに会うのやだなー。うるさそう。あ、あとは、この間企画した『暦ぷらす』もやるかなー…っと、よし、あとは乾燥させて焼くだけー」
 ふう、と一息ついて皐月は時間を見る。時刻はまだ七時前。お菓子作りを計算に入れて早めに起きたのだ。
「そういうねーちゃんはどうするの?」
「ちょっと待って、『暦ぷらす』ってなによ?」
「あれ? ねーちゃんタイムラインちゃんと見たあ?」
 呆れ顔で手を洗う皐月にむっとしながら、如月は携帯電話を取り出してツイッターを開く。しばらくかちかちという操作音がキッチンに響き、その間皐月はこみあげてきたあくびをかみ殺した。生地が乾くまで少し仮眠をしたい。
 少しして、『暦ぷらす』を把握したらしい如月が盛大にため息をついた。あーあー、呆れてる。今度は笑いをかみ殺して、皐月は覗き込むように如月を見た。
「あなた達って本当ばかね。いえ、フォロワーがばかなのかしら」
「ねーちゃんそりゃないよ!…っと、オレは眠いからちょっと仮眠とるよー。マカロンづくりもひと段落したしね。ねーちゃん起こしてくれる?」
「新しいファービーが欲しいわ」
「…交渉決裂、か」
 ふあーあ、と今度はあくびをし、大きく体を伸ばして、キッチンから出ていく。
 如月はその後ろ姿を眺めながら、ちらりと生乾きのマカロンの生地を一瞥し、それから皐月に続いてキッチンを出た。