文化祭:03@hiwada

 落ち着いた雰囲気の店内に、ずらりと並べられた大量の眼鏡。しかしそれはむやみにレンズの量ばかりを主張するような物ではなく、段違いにされた棚や年代物の本に合わせてセンス良く配置されている。静かなクラシックが流れる空間にディスプレイされた写真や、其処此処に置かれたフライヤーのすかした眼鏡を見ながら、葉月はげんなりと呟いた。
「水無月弟でもうおなかいっぱいだ…」
「葉月先輩? どうかしたんですか?」
「みーちゃん! 弟好きすぎるよ! あいつも自分すきすぎるよキモイよ!」
「キモイって……。だってみーくんほんまに眼鏡良く似合うんですよ?」
「そういう問題じゃなぁぁぁあああいいいいぃぃぃぃ」
 手に持った色紙たちを放り投げたい気分でうめく葉月にことんと首を傾げて、水無月(姉の方)が手に持っていた道具箱をテーブルに置くと、ちょうどそれを待っていたようなタイミングで放置されていた葉月の携帯がやかましく鳴りだした。音割れ気味にけたたましく響くのは少し前に流行ったアニメソングだ。目覚まし消すの忘れてた、と呟きながら慌てて葉月が携帯を取り上げてかちかちと操作する。
 目覚ましがなるより早く起きて水無月眼鏡店で何をしているのかと言えば、むろんそれは祭の準備だった。葉月は水無月双子が主催の「切り絵でデコパージュしたメガネケースを作ろうの会」に手伝いとして呼ばれているのだ。彼女の自宅である青果店も電機屋も、今回の祭には出店していない。高校や商店街に立ち並ぶのだろう模擬店やら何やらへの配達で両親はあちこちを回っているようだったが、幸いなことに葉月は仕事もなくこうしてのんびりと切り絵教室の準備に勤しんでいる。
 ぱちんと携帯を折りたたんだ葉月は、そこでようやく双子の片割れがいないことに気がついた。
「あれ、そう言えばそのいけすかない弟は? サボリ?」
「ああ、なんだかカッター板が足りなくて、ちょっとみーくんに買いに行ってもらってるんです。今日やったらこの時間でもお店開いてるだろうって」
「ふぅーん」
 生返事を返しながら色紙を並べていく。テーブルの上を整頓しながら色別に分けた画用紙を置いていると、道具箱を椅子に避けた水無月がふと思い出したように呟いた。
「そういえば、葉月先輩、高校には行かれるんですか?」
「え? 高校? なんで?」
「霜月くんがお友達のバンドに誘われて演奏するんですって。葉月先輩、見に行くかと思ったんですけど」
 柔らかなトーンの言葉に葉月は斜め上を見る。んー、と首をひねって、それから壁に張り出してあった切り絵教室のチラシに目を留めた。
「行きたいっちゃ行きたいけどー…時間、なくない? さすがにここから高校は遠いー」
「二時からの回は、私とみーくんでも大丈夫ですよ? 葉月先輩もお祭楽しみたいと思うし…」
「いーのいーの! どうせしーくんは皐月たちが見に行くだろうし、寒い中歩き回るよりはあたしもこっちのほうがいいし!」
 あっさりと言って笑う葉月にそんなものかと水無月も曖昧に頷く。椅子に置いた道具箱からアートナイフを取り出してカッターの刃をチェックし始めた葉月を見て、水無月が最後にもう一度店内を掃除しておこうと箒を取りに店の奥へ向かったそのとき、「CLOSED」の札が下がった扉ががらんと揺れた。
「あ、おかえり、みーくん」
 ようやく帰ってきた弟は、もういややわ寒いわぁ、とわめいて葉月に叩かれていた。