へだたりへ、愛を込めて

 二人きりの秘密を、大事にしている。
 そりゃあ、そうだろう。
 だって、私は私、あのこたちはあのこたち。私は女で、あのこたちは男。どうしたってなにしたってあがいたって、埋まらない溝。埋まらない距離。
 ごろん、と手に持った買い物カゴに入れたにんじんがころがる。それを斜めに見下ろして、私はひとり、息を吐く。ため息とも呼べない、諦めのような吐息。
 彼らがひとつジャンプをしたら、私はきっともう追いつけない。彼らが笑って大きく手を伸ばしたら、私はきっともうその指先を見上げることしかできない。
 だけどだけど、悔しい。私はカゴのなかにじゃがいもとたまねぎを放り込んだ。
 何もかも違うかもしれないけれど、でもずっと一緒だったじゃない。それこそ、同じ釜の飯を食ってきた仲じゃないのか。私はスーパーの中をかつかつと颯爽と歩いて、目当てのものをもってレジに並んだ。背筋を伸ばして、みっともなくないように顔をあげて、目を開けて、きっと見据えた。


 ふたを開けた途端に襲ってきたのは大量の湯気と熱気と、香辛料の、匂いの洪水だった。口の中を刺激するスパイシーな香りがただよって、もうそれだけでよだれが出てくるようだった。
「さすがはーたん・・・」
「これはうまそうだな」
 まじまじと鍋の中を見下ろす皐月と、メガネを白く曇らせた卯月が口々に私を褒める。皿に、炊き立ての白いご飯を盛りながら、私はふんと鼻を鳴らして見せた。
 昨日からしこんで、煮詰めて煮詰めて、うまみだけを残したカレー鍋からいい匂いしかしないなんて当たり前。じゃがいもはほろほろ、にんじんはとろけて、たまねぎなんて跡形もなく溶けてしまった。少し大きめに切った鶏肉には味がよくよく滲みて噛むほどに味が出るだろう。
 細く切って浅漬けした大根と、水洗いして同じく細く切ったきゅうりをきれいに盛り付けてかつぶしをかけた上に胡麻ドレッシングをかける。
 うつくしく盛った白米の上に、とろとろのカレーをかける。それを見つめる幼馴染二人の、獲物を狙う肉食獣のような目。
 すべての準備が終わったあと、食卓につく。
 青年会館の一室を勝手に借りて作った三人きりの晩餐は、カレーと大根サラダのふた品ばかりだったけれど、それでもじゅうぶんだった。
「いただきます」
 葉月が手を合わせると、つられた二人が各々いただきます、と嬉しそうに声に出す。よく磨かれたスプーンを持って湯気の立つ米を掬い上げた。口にした皐月が、黙々と咀嚼したのち、こぼれるようなため息をついた。
 葉月がどうよ、と涼しい視線を送ると、惚れ惚れとした様子で、頬をおさえてひとこと言う。
「まぁいうー」
「はい! まいうー、いただきましたー!」
「おまえら元気だな」
「いいから食べろよ、うーたん! ほっぺた落ちるぞ!」
「はいはい」
 急かされた卯月がカレールーと、ほろほろに崩れたジャガイモを掬って、口に入れる。湯気で白くなったレンズの向こうで、目がまるまると大きくされるのが見えた。
「う、まい」
「まいうーいただきました、はーたぁん!」
「いえー!」
 やたらとにぎやかな食卓はそのまま穏やかにすすみ、鍋いっぱいに作ったカレーはいつの間にか空っぽになっていた。


「おいしかったね、うーたん」
「そうだな」
「ちょっと、後片付け手伝ってよ」
「はぁーい」
「はいはい」
 三人並んで流し台に立つと、狭くて、肩と肩が今にもくっつきそうな距離だった。じゃぶじゃぶと泡を立てて食器を洗う私を挟んで視線をちらちらと飛ばしあう二人。
 二人きりの秘密を大事にしているんだね。
 食べているときは少しだって思わなかった一抹のさみしさを覚えて、私は手を止めた。それを不思議そうな顔で、のぞきこまれる。
 どうしたの?
 葉月?
 はーたん・・・?
 私は、ぱっと顔を上げた。みっともなくないように。情けなくないように。かっこよくいられるように。背筋を伸ばして、泡だらけの手で、二人の背中を勢いよく叩いた。
「いったあ!」
「〜〜っ・・・」
「よし! がんばるわよ!」
 言えば、なんのことだかわからない二人は顔を見比べるばかりで、私はそれをざまあみろと思うのだ。同じ釜の飯を食ったけど、相変わらず何か秘密を抱えて生きているけど、共有するのはただひとつ。
 そうでしょう?
「カレー、おいしかったね」
 私が笑えば、皐月も、卯月も、一瞬遅れて、それから笑った。笑ってくれた。こげついたカレー鍋を洗うとき、少し鼻水が出そうになった。