仕合わせ願ってた

 ひとりでいることが多くなった。
 自分以外誰もいない青年会館の椅子に座って食べる弁当は、なんとなく味気なくて一口二口で食べるのに飽きてしまった。弁当と箸をテーブルに置いて、椅子を窓辺に引っ張ってくると、カーテンを寄せて座った。からからとガラスをスライドさせると、夏に近付いた湿気た風が吹き込んだ。
 はあ、とついた息がためいきのようで、オレは思わず自分でびっくりしてしまった。それから、一人苦笑する。
 最近、こんなことばかりだ。
「はー、ばかみたいだなぁ」
 ぽつんと呟く声がぼうやりと浮かんで、消えた。
 目を閉じると、昨日のことのように騒がしい昼食の時間が思い出される。自分と、友人の卯月と葉月、三人でテーブルを囲んで持ち寄った弁当を広げて、おかずを取り合ったり分け合ったり、怒ったり、笑ったりした。
 目を開ける。
 振り返らなくても何をしなくてもわかる。今、自分はたったひとりきりなのだ。どうしようもないくらいにひとりきりで、卯月も、葉月もいない。
 けれども、オレはひとりきりだけれど、きっと二人は一緒にいるだろう。一緒に、仲良く弁当を食べているのだろう。
「うまくやってっかなー」
 今度こそためいきをついて、頬杖をついた。
 きっといまごろ――。
「皐月」
 風の音ばかりしていたところに、よく知った声が投げかけられて、オレははっとした。顔を上げると、いつの間にやってきたのか、窓の外に弥生が立っていた。薄い茶色の目を細めて、静かに笑っている。
 やよちゃん、と笑い返すと、弥生は花を踏まないように歩いて、オレのもたれかかった窓に近寄ってきた。
「こんなところでさぼってていいの?」
「若旦那こそ、店を留守にしていいのかお」
 冗談めかして首を傾げると窓辺までたどりついた弥生が、同じように首を傾げて「さあどうだろう」と笑う。その笑顔に、面影を見つけて、あ、と思った。思ったと同時に、やってしまった、と思った。弥生の顔から笑顔が消えたから。
 でもしかたないじゃないか。
 見てしまったのだ。弥生とよく似た、卯月を。
 そう、――きみだけ限定、特別だった。
 言葉ばかり丁寧で、やることなすこと自分勝手で、ちっとも優しくないあの友人と、そんなこと絶対にありえないのに、オレはずっと一緒だと思っていたんだ。一緒に昼食をとって、一緒に怒って、泣いて、笑って、いつまでもいつまでも。
「皐月、」
 卯月はある日、珍しく戸惑ったような顔で「葉月が好きなんだ」と言った。オレはちょっと面喰って、でもそのあとすぐに嬉しくなって「応援するから」とこたえた。
 成功率は50パーセント。好きかきらいかどっちか。  でもオレにはずっと前からわかっていた。ずっとずっと知っていた。葉月も、卯月をおもっていたことを。
 卯月はオレにとって特別で、大切で、一番近しい友人で、そうして葉月もおんなじような存在だった。オレは彼らの一番近くで、二人が分かりあうのを見た。見てきた。
「・・・――」
「わっ」
 くしゃ、と唐突に髪の毛を撫でられて、オレは我に返った。弥生が、困ったように笑いながら、オレの髪の毛をぐしゃぐしゃにした。
「な、なにすんだお」
「そんな顔しないでよ、皐月」
「やよちゃん」
「笑ってよ」
「わ、笑ってるよ」
「うそつき」
 弥生が言うので、オレは笑おうとして、だけど笑えなくて、顔を歪めた。ひどく胸が痛んで、つらくて、苦しくて、息ができない。く、と惨めに喉が鳴った。
 まるで、ほんとうにひとりきりのようだ。
 思った瞬間、もうだめだった。なみだが、目からこぼれおちた。
 しあわせになってほしいと思った。
 きもちがつうじあってほしいと思った。
 オレをおいて、

 ――置いていかないでほしいと思った。

「ほら、やっぱりうそだった」
「やよちゃん」
「大丈夫じゃないかな、僕がいるから」
「ははっ・・・変な理屈、」
 目を閉じたら、今度は笑えた。
 今だけは、弥生の、やよちゃんの優しい手に甘えたかった。