二人の閉じたワルツ(サンプル)

 暗いステージの上で、彼と彼女だけが踊っている。くるくると回る二人の周りにだけスポットライトが当たっていて、それ以外のところは真っ暗で何も見えない。頼りになる音楽もリズムもない、ただただ暗くて静かな空間で、水無月は姉と二人で踊っていた。
(ボクには、みーちゃんしかおらん)
 生まれたときからずっとそうだった。水無月の世界には姉だけがいて、おそらく姉の世界には水無月しかいなかった。今でもそう思っている。
 そもそも、彼ら二人はもともと一人だった。親の腹の中で命のかたまりだったときは確かにひとりであったのに、何かの間違いで「ふたり」になってしまった。だから、水無月は姉がいないと生きていけない。一生を姉のそばで、姉のために費やすことが彼の幸福だった。どろどろにとろけた愛情を姉に向けるとき、水無月はいつもギリシャ神話に出てくる太古の民を思い出す。
 彼らは男と女の両方を持った球体のような体で、たった一人で完全に完結していた。彼らは満たされているがゆえに傲慢で、従属すべき神に反乱を企てた。それが原因で、彼らは本来融合しているはずであった男女を両断され、別の生き物として生きていくことを強いられた。それ以来、人は己の失われた半身を求め焦がれてはやまないのだと何かの本で読んだとき、水無月は「ああ、これはボクとみーちゃんや」と直感したのだ。
 もともと、姉と自分は溶け合った一つのいのちだった。だから、ずっと二人で生きていくのが一番いいのだと。
(みーちゃん)
 水無月は呼ぶ。どこかへと向けて、それでも必ず姉は反応してくれると信じて呼ぶ。
(みーちゃん)
 答えはない。けれど、水無月は姉が応えてくれるとわかっている。
(みーちゃん)
 くるくると手を取り合って回りながら、踊りながら、目の前に焦がれた姉はいるのに。なぜか、どこへとも知らない虚空へ向かってひたすらに呼び掛けていた。