二人きりでおはよう

 週に一日だけ、弟はとびきり寝坊する。店が休みのその日の朝、普段なら水無月が起きるよりずっと早くに起き出す弟が、とろとろと目を覚ました水無月が朝食の準備を終えて起こしにくるまで瞼を開けることすらしない。
「みーくん、ごはんできたよ」
 意識して大きめに出した声にも、くぐもった生返事が返ってくるだけ。仕方ないなあと微笑んで、水無月はひとまず作った朝食にラップをかけるため食卓へ戻る。ぺたぺたと指に貼りつくビニールに少しだけ苦戦して寝室に戻ると、弟は不機嫌そうにベッドの上に座り込んでいた。
「……みーくん? 起きた?」
「起きてへん……みーちゃん、こっち来てくれるかと思ったのに」
「行くよぉ、ひとりにしてごめんね?」
 自分がどれほど甘く溶けた声を出しているのか、水無月は気づいていない。砂糖を煮詰めたのよりもっと甘い声に満足そうに目を細めた弟だったが、すぐにぷいとそっぽを向いてしまう。ぺたんと同じようにベッドに腰を下ろしたけれど目をそらして、そのまま横になって背を向けられた。いとけない幼子のような素振りに、それでも水無月はうれしそうに笑ってその背中にそっと膝を寄せる。
「いっしょにねてもいい?」
「………もう、どっこも行かん?」
「行かんよ。わたしもいっしょにごろごろさせて」
 お外はこわいから、みーくんのそばにいたい。耳朶に口付けるほどの近さで囁くと、ようやく弟はそろそろと顔を持ち上げた。ほんまに、と問いかける瞳に、ほんまに、と瞳で返す、そのやりとりが差し障りなく行われる幸福。
「お昼まで寝て、そしたらご飯食べよう。みーくん、何が飲みたい?」
「んん、ぎゅうにゅう……」
「じゃあ、わたしもおなじの」
 伸ばした腕に応える腕がある。この温度があれば生きていけると本気で思いながら、水無月はそっと目を閉じた。
 みーくんがいれば、世界はいらない。

(♥)

 ぱちりと目を覚ました水無月は、まず最初に隣で眠る姉の姿を確認してほっと息をついた。まだ、頭の芯がぼんやりとまどろんでいる。
 夢のかけらが消えそうになったのを引き留めたくてまぶたを下ろしたらなぜかひやりと冷たくて、そこで水無月は己が泣いていたことに気がついた。けれど、その理由がまるでわからない。考えてもわからなかったので、水無月は思考を放り投げてまた眠りに戻ろうとする。目の前の姉にそっとすり寄って、額を触れあわせ目を閉じた。
(とても幸せな夢を見ていたはずなのに。どうして涙なんか。)
(きっと嬉し涙だ。夢があまりに幸せだったから。)
(きっと───きっと。)
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