あのこがほしい
「どうして先輩は睦月のものになんないんスかね」
ふてくされたような呟きを拾って、文月は小さく微笑んだ。
「睦月はほんとうに、葉月ちゃんが好きだね」
「葉月先輩は、睦月のぜんぶなんで」
「ぜんぶ、かあ。いい言葉」
文月は睦月の吐き出した言葉を口の中で転がすように繰り返して楽しげに笑う。
ぜんぶ。睦月の一挙手一投足、頭の先から爪先まで、一ミリも残さずすべて葉月のためにある。少なくとも睦月はそう思って生きている。こんなにすべて彼女に捧げてしまったら逆に嫌われるんじゃないかとたまに思うくらいには。
「睦月ちゃんは葉月ちゃんからも、同じだけの想いが欲しいの?」
「同じだけじゃなくてもいいッス。睦月のこれが、気持ち悪いくらい重たいってわかってるから。でも、」
ためらうように言葉を区切って、睦月は視線をさまよわせた。穏やかにじっと待つ文月の横で、睦月は世界の秘密に触れるような調子でその言葉を口にする。
「……卯月先輩や、皐月先輩よりは、睦月のこと、好きになって欲しい」
「睦月は、優しくて、ちゃんとまっすぐにわがままだね」
「文月さんの言うことはたまによく分かんないッスね」
「ああうん、よく言われる」
ちっともそれが悪いと思っていない口調だった。文月は昔からこうだ。他人が自分に対して下す評価を良いも悪いも一緒くたに呑みこんで、何でもなかったように笑う。実際のところそれは文月だけではなく如月も同じことで、睦月は愛する葉月がそれに憧れ影響されていることを知っているからこそ、彼女たちのしているそれがどれだけ途方もないことなのかわかっていた。
だけど睦月は、葉月までそんな風に器用なことができるようにならなくたっていいと思っているのだ。憧れを追いかける葉月はいじらしくて平素の何倍もかわいいけれど、そうしていなくなって彼女は問答無用で睦月の心を持っていく。
「自分にあげられる最大限を捧げて、それで見返りを要求できるのは強い子のしるしだよ」
「…………なんか褒められてる気がしないッス」
「褒めてるよー」
一定のトーンで語る文月の声にはうっすらと過去を惜しむ響きがあって、睦月はあえてそれに気付かないふりをして唇を尖らせた。
「睦月が葉月ちゃんを想うその気持ちはきっと何より尊いから、大事にしてね」
そう言って頭を撫でられる。のんびりと滑る手のひらからしみてくるのは混じりけのない慈しみと愛情で、睦月は不意に泣きなくなった。
好きな人に好きと言うだけのことがこんなに難しい。好きと言ってもらうだけのことが、世界を平和にするよりも難しい。それなのに諦めようと思えないことが睦月の愛すべき愚かさだった。
「睦月、葉月先輩に好きになってもらいたい……」
「葉月ちゃんは睦月の事、好きだと思うよ?」
「そうじゃないッス……文月さんのいじわる」
ぐすんと鼻を鳴らして睨んだら、文月はなぜか楽しそうに微笑む。大丈夫だよ、と中性的な唇が閃いた。
「睦月は無敵だから。幸せになれないはずがないだろう?」
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