チアノーゼキス
力任せに唇をふれ合わせたら、まず神無月の眼鏡が鼻に引っかかって擦り傷ができた。その痛みに気を取られた隙に歯がぶつかって、挟まれたくちびるの痛みに驚いた神無月が忌々しげに極月を突き飛ばす。何なんですかと言いながら傷むくちびるを舐めたら血の味がして、神無月はまた顔をしかめた。
「30超えたおっさんならもうちょっとましなキスくらいしなさいよ。あー痛い痛い」
「………もっと悪態をつかれるかと思ったが、普通だな」
「この歳になって、たかだかキス程度のことでギャーギャー言いませんよ、処女じゃあるまいし」
やたらと年齢のことを口にするな、と極月はふと気付いて、すぐに神無月が何を意図しているのかを悟る。過去を追いたがる極月に回りくどいやり方で、現実を見ろと唾を吐いているのだ。極月は気付いたうえでその神無月のわかりにくい気遣いを黙殺した。
極月の記憶の中にある神無月と今こうして目の前で軽薄ぶる神無月がいつまでたっても重ならない。その齟齬を埋めるための口論でありキスであったが、神無月は極月の目論見に気付いたうえで何度もそれを拒絶する。極月はそれを追うことで代替とし、神無月はまた不愉快そうに距離をとる。
愛かあるのだかないのだかわからない、というのは、二人のそうしたやり取りを呆れ顔で眺めている神有月のぼやきだ。
わざわざ二人に聞こえるように吐き出されたそれに、「あるに決まってるじゃねえか」と真顔で答えたのが極月、「吐き気がするんですけど」と顔色を悪くしたのが神無月。傍から見れば痴話喧嘩のようであったが、きちんとした愛情の有無が分からないのが問題だった。
「何年続けるんですかあなたも。暇人にもほどがある」
「お前と「お前」がつながるまでやるぞ、俺は」
「さっさと死ねばいいのに…!」
「お前も道連れにしてやるよ!」
「本当にあなた頭おかしいですよどうかしてますよ。僕を巻き込まないでください」
極月は、頭のどこかでネジを紛失した自覚があった。ただし質の悪いことに、そのツケを神無月ごと払わせようとしている。それこそが神無月が逃げる要因であるのだと理解したうえで気づかないことにしているだけだった。
過去を追い続ける男と過去に追われ続ける男。
馬鹿どもめ、と毒づいたのは、おそらく彼らを知るすべての人間だ。
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