ディア、世界で一番ころしたいきみ
たとえばどちらかが女であったなら、この関係性も何も違ったのではないだろうか。極月が女であるならばもっと早い段階で、神無月が女であるならばもっと単純に、二人の関係と感情に名前が付いただろう。
執着に近い。恋みたいだ。まるで愛しているようだ。─────独占欲に、似ている。
そんな曖昧な言葉を吹き飛ばしてなお余りあるほど、男女間の関係は強引で簡潔だ。おそらく。以前同じような話を神有月にしたら本気で蔑むような顔をされたから、実際は違うのかもしれない。けれど極月は、勝手にそう思っている。
「神無月」
「……今日は何の用ですか。鬱陶しい」
「うるせぇな、来たくて来てるわけじゃねえよ」
裏を読む必要もないほどに尖った言葉をやり取りして横を素通りする。振り返って一瞥した背中は広く薄く、極月の背中と同じ形をしていた。肉体的にはやや下り坂に差し掛かりかけた男の背中。布地に浮いた背骨を折る勢いで蹴り飛ばしたい、と極月は頭の片隅で考えてすぐに振り払う。いつかひどい目に合えばいいのに、と子供のような呪いを小さくつぶやいた。
神無月に対して抱いている感情を、極月自身きちんと言葉にすることができないでいる。男に向ける恋愛感情なんて極月は持ち合わせていないし、憎悪よりもっと深いところで神無月の存在を認められない。神無月との間に横たわる年の差を埋めてもまだ溢れる嫌悪と否定と、そのほか言葉にできない感情。それが表出してきたのはあの事故がきっかけだと理解はしていたが、原因がそこにあるかと言われれば即答はできなかった。もっとずっと前から、極月は神無月のことをほかの人間とは区切って扱っていたような気がする。
「そういえばこの間葉月君にとうとう言われましたよ、先生たちホモなんじゃない? って」
「ふざけろ、胸糞の悪さで死ぬ」
少し離れた背中からのんきな声が飛んできて、吐き捨てるように罵った。振り向いて顔を合わせた神無月は人を小馬鹿にしたような捻くれた笑みを顔に張り付けている。
「極月は本当に僕が嫌いですねえ」
「その言葉、そっくりそのまま返してやる」
神無月がちらりと笑みの種類を変えた。変えたことをわかってしまった自分に気が付いて、極月は忌々しげに舌打ちする。
ささやかな表情の変化も、うねるような感情の波も、理解できる。できてしまう。その程度には長く一緒にいたし、それはきっと神無月も同じだろう。
「僕が? やだなあ、言いがかりですよ」
「はっ、どの口が」
「─────ふ、愛してますよ、極月」
「やめろ、ぞっとしねえ」
だからきっと、神無月は脊髄反射で拒絶した極月の瞳をよぎるためらいに気付いている。そうでなければ、わざわざ極月にわかるようにうそぶいたりはしない。冷たくもあたたかくもない、かけらすらも温度の見えない瞳で神無月は的確に極月の心をえぐる。
えぐられているはずなのに痛みすら訴えてこない心が、きっともてあましている感情に説明をつけてくれるのだろうと極月は思った。
それがいつになるのかは、誰にもわからないのだろうけれど。
暦質問会/120831:title by
月にユダ